琉球開闢の祖神『アマミキヨ』と『シネリキヨ』が居住地にしたと伝えられる洞窟☆|沖縄放浪日記

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2016年12月12日月曜日

琉球開闢の祖神『アマミキヨ』と『シネリキヨ』が居住地にしたと伝えられる洞窟☆

ハイサぁ~イ⭐

今回は、前々回の続きです。

うるま市勝連の浜比嘉島にある『アマミチューの墓』を見学した後、次に向かったのは、この『アマミチューの墓』がある同じ比嘉集落の南南東にある森の中の洞窟。

こちらは、琉球開闢(かいびゃく)の祖神『アマミチュー』と『シルミチュー』が居住地にした場所だと言い伝えられており、子宝祈願・安産祈願のための霊験あらたかな聖地として知られています。

沖縄県うるま市勝連比嘉にある

『シルミチュー霊場』

シルミチュー霊場の写真
子宝祈願・安産祈願のために浜比嘉島以外からも多くの参拝者が訪れています。
こちらはまず、前々回にご紹介した『アマミチューの墓』のすぐ近くにある港の広場の向かい側から集落内へと延びる小道に入ります。
シルミチューの案内板の写真
『アマミチューの墓』の前の道路にある『シルミチュー霊場』のへの案内板
小道に入って道なりに進んで行き、突き当りを左折。

そして、道なりに約570mほど進んでいったところにある脇道を左折し、また、道なりにそのまま進んでいくと、その突き当りにあります。

※『シルミチュー霊場』に向かって左側に『シルミチュー公園』の広場があるんですが、そこから『シルミチュー霊場』までは車両乗り入れ禁止となっているので、クルマは、この公園の広場に駐車して、徒歩で向かってください。

また、『アマミチューの墓』の前の道路から『シルミチュー霊場』まで、所々に案内板が設置されているので、比較的簡単にたどり着くことができますよ。
シルミチュー霊場の入口の写真
『シルミチュー霊場』の入口。ここから先は車両乗入れが禁止されているので、徒歩で向かいます。
『シルミチュー霊場』入口の手前にある『シルミチュー公園』の広場にクルマを停め、徒歩で向かいます。
シルミチューへ続く小道の分岐点の写真
『シルミチュー霊場』へ向かう途中の分岐点。霊場へはそのまま直進していきます。
入口を入ってしばらく進むと、途中、左側に脇道があるんですが、『シルミチュー霊場』へはそのまま直進します。
シルミチュー霊場の参道入口の写真
『シルミチュー霊場』へ続く階段の入口
また、しばらく進んでいくと、奥の方に鳥居と階段が見えてきますので、そちらが『シルミチュー霊場』の参道入口となります。

鳥居の手前左側には、『シルミチュー霊場』の説明板と『参道改修記念碑』・『鳥居改修記念碑』・『在布哇(ハワイ)居住地元民寄付芳名』・『在布哇(ハワイ)字比嘉移民 字外寄付者の芳名』の石板が建立されていました。

また、そのすぐ近くには、真っ二つに折られた石板があり、上の方に日の出みたいな絵が描かれ、その下は、模様らしきものが刻まれていました。
後日、ネットでちょこっと調べてみましたが、この石板については何も出てきませんでしたね。。。
シルミチュー参道改修記念碑の写真
『参道改修記念碑』・『鳥居改修記念碑』、そして『在布哇居住地元民寄付芳名』と『在布哇字比嘉移民 字外寄付者芳名』
んで、まずは説明から読んでみると。。。

≪シルミチュー≫
≪森の中にある大きなガマ(洞窟)が琉球開闢(りゅうきゅうかいびゃく)の祖神、アマミチュー、シルミチューが住んだ場所と伝えられています。

毎年、旧正月の年頭拝みには比嘉区自治会が中心になって、比嘉のノロ(祝女)と旧家の有志が豊穣、無病息災、子孫繁栄を祈願しています。

また、子ども達が踊りなどを奉納しています。

洞窟内には鍾乳石があり、子宝の授かる霊石として知られ、子授けの信仰があります。
うるま市教育委員会 平成7年2月建立≫
・・・と、ありました。
シルミチューの説明板の写真
『シルミチュー』の説明板
この琉球開闢の祖神『アマミチュー(女神)』・『シルミチュー(男神)』とは、男女の神様のことで、『アマミチュー』は『アマミキヨ』もしくは『アマミク』とも言われ、『シルミチュー』は『シネリキヨ』とも言われています。

この二人の神様が島に降りてきて、琉球の島々が作られ、人間の子孫が増えていった・・・となっているんだそうです。

そして、この洞窟を住居としていた『アマミチュー』と『シルミチュー』は、子どもを授かったという伝承も伝わっているんだそうです。
二つに折られた石板の写真
二つに割られた石板。。。
沖縄県内には、国頭村辺戸の『安須森御嶽』や古宇利島、そして南城市の『ヤハラヅカサ』・『ミントングスク』など、『琉球開闢伝説』が数か所に残されています。
※今回は、これらの伝説のご説明は割愛させて頂きますm(_ _)m

場所によって伝わる開闢伝説の内容は、微妙に異なっているんですが、共通している点は、男女2人の神様が降りてきて、居を構え、3人の男の子と2人の女の子を授かり、そこから沖縄の人々が増えていった・・・という点です。
アマミチューの階段の写真
『アマミチュー霊場』へと続く階段。この階段は108段もあるんだそうですよ。

こちらの『シルミチュー霊場』も、沖縄の数か所に伝わる『開闢伝説』が残された聖地の一つなんです。

2人の神様が「子どもを授かった」という伝承にあやかり、年頭拝み(ニントゥウグワン)の際には、比嘉集落のノロ(祝女)が中心となり、近くの海浜から小石1つを拾って来て、洞窟内に安置されている壺にこの小石を入れて、拝みを行っているんだそうです。

また、この祭祀が行われる日には、浜比嘉島以外からも数多くの参拝者が訪れているんだそうですよ。
シルミチュー霊場へと続く階段の写真
『シルミチュー霊場』へと続く階段。108段あるんだそうですよ。
・・・と、話を戻しまして。。。

説明文を読んで、いざ『シルミチュー霊場』へと向かいます。

鳥居がある場所から『シルミチュー霊場』まで、階段が伸びています。

この階段は、108段あるんだとか。。。💧

ゆっくり一歩ずつ上がっていくと・・・
シルミチュー霊場の二つ目の鳥居の写真
二つ目の鳥居
二つ目の鳥居の前にたどり着くと、その奥に『アマミチュー』と『シルミチュー』が居を構えたとされる洞窟が見えました。

鳥居を潜り抜けて、さらに洞窟の前まで行ってみると・・・
シルミチュー霊場の写真
シルミチュー霊場
以前は、鉄柵は設置されていなかったようですが、現在は鉄柵が設置されていました。

鉄柵の間から、中を窺ってみると・・・

洞窟の入口には、コンクリート製の石段が作られており、その周辺には、石柱や柵、そしてお供えものを置く供物台らしき棚(?)がありました。
シルミチューの洞窟入口の写真
鉄柵の間から見た洞窟入口
シルミチュー洞窟入口にあった供物台と石柱の写真
洞窟入口にあった供物台と石柱。石柱は劣化が激しく、何も判読できませんでした。
シルミチューの洞窟入口にあった石柱の写真
入口の両側に設置されていた石柱。右側の石柱には日本国旗と「大正六年旧六月十日神祠落成」と刻まれていました。
石柱は3つ設置されていたんですが、その内の2つは劣化が激しく、文字や絵らしきものが全く無い状態でしたが、残りの1つには交差した日本国旗と「大正六年旧六月十日神祠落成」の文字が刻まれていました。
シルミチュー霊場の写真
上がってきた階段と反対側の奥からみた『シルミチュー霊場』
ネットでいろいろ調べてみると、洞窟内には様々な形の鍾乳石があって、その中に女性を象徴する『陰石』があるんだそうです。

また、洞窟の中へは、普段は滅多に入ることが出来ないらしいんですが、早い時間帯であれば、公民館で鍵を借りて、中で拝みをすることが出来るみたいですよ。
※確かな情報ではないので、詳細は直接、区の公民館へ問い合わせてみてください。
兼久ビーチの写真
『シルミチュー公園』の前の海岸
・・・と、ここまで見学させて頂いた後、そのままクルマへと戻りました。

クルマへ戻る前に、『シルミチュー公園』の前に広がる海をちょこっと見物👍

数年前に、一度、こちらの海に夜釣りで訪れたことがありましたねぇ~(笑)
兼久ビーチの写真
『シルミチュー霊場』入口の隣にあった砂浜
まぁ~、釣果はゼロでしたが。。。(笑)😅

・・・ですが、やっぱりこちらの海も、透明度が高くてとても綺麗でしたよぉ~👌🎵

『シルミチュー公園』の前に広がる海岸を見物した後は、クルマに乗り込み、この場を後にしました。

帰る途中、道沿いの所々に拝所やカーなどをいくつか発見しましたので、そちらを見学しながら帰ることに💨

んで、こちらもご紹介したいのは山々なのですが、今回はここまでにして、この続きはまた別の回にご紹介したいと思います。
シルミチュー霊場の写真
『シルミチュー公園』から『シルミチュー霊場』のある森を見たところ。
※前々回に『アマミチューの墓』を訪れた時の記事やこちら⇒http://oki-night.blogspot.jp/2016/12/blog-post_10.html

それでは、そろそろこの辺で。。。でわでわ☆★☆

最後まで読んでくださって、ありがとうございますm(_ _)m
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☆『シルミチュー霊場』☆


☆場所:〒904-2316
      沖縄県うるま市勝連比嘉1606-33

☆見 学:無料

☆駐車場:あり(『シルミチュー』へ続く小道は車両乗り入れ不可となっているので、手前左側の広場に駐車可能です。)