沖縄放浪日記: 史跡・遺跡・文化財

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2018年2月15日木曜日

琉球王朝第一尚氏の初代国王『尚思紹』こと『苗代大屋』の屋敷跡☆

ハイサぁ~イ⭐

前回のブログ記事でご紹介した南城市玉城志堅原にある『もずくそばの店 くんなとぅ』に行った翌日(8日)も南城市へ行ってきました。

この日は同市佐敷字佐敷にある三山を統一した『尚巴志』の父で、後の琉球王朝第一尚氏・初代国王となった『尚思紹』の屋敷跡です。

沖縄県南城市佐敷字佐敷にある

『苗代大屋の屋敷跡』

苗代大屋の屋敷跡の写真
佐敷集落後方にある森の中にひっそりと佇む『苗代大屋の屋敷跡』。

2018年2月11日日曜日

名護市の真喜屋集落内にある津波被災地跡の石碑と市指定文化財のサガリバナ☆

ハイサぁ~イ⭐

以前、名護市の真喜屋集落内にある『上之御嶽遺跡(真喜屋グスク)』をはじめとする拝所群をご紹介しましたが、後日、いろいろ調べていると、2、3ヵ所見落としていた史跡があったので、今月(2月)の3日に本島北部へ出かけた際、帰りがけに残りの史跡をちょこっと見学してきました。

沖縄県名護市真喜屋にある

『津波被災地跡・真喜屋のサガリバナ・つるかみ拝所』

旧真喜屋小学校津波被災地跡の写真
『津波被災地跡』の石碑が建立されている『真喜屋運動広場』。

2018年1月18日木曜日

名護市の久志グヮー内に点在する『ウガミ』をはじめとする史跡☆

ハイサぁ~イ⭐

今月(1月)11日の午後は、少し時間が空いたのと天気もまぁまぁ良かったんで、以前訪れた際に回ることが出来なかった拝所などを見学するために、再び名護市の久志集落へ行ってきました。
※今回もちょっと長くなりますのでご了承下さいませ🙇🙇🙇

沖縄県名護市久志に点在する

『ウガミをはじめとする拝所群』

龍宮の写真
久志集落南東の砂浜にある岩の上に立つ『龍宮』の石碑。
久志集落の西から北東へ走る国道329号線から『久志区運動場(久志公園)』と書かれた看板が立つ小道へ入り、まずはその『久志区運動場』の南側に位置する史跡へ向かいました。
ワタンサー(渡川)の写真
運動場の南側の道路沿いにある『ワタンサー(渡川)』と称される拝所。
こちらは『ワタンサー(渡川)』(若しくは"ワタンジャー"とも)と称される拝所で、『久志運動場』の南側斜面と集落内を流れる『オート川』の間を走る道路沿いにあります。
ワタンサー(渡川)の写真
ワタンサー(渡川)。
かつては集落の人々が飲み水を汲んだ井泉だったそうなんですが、ご覧の通り道路が通されていて、井泉の姿形は無く、名称が刻まれた石柱と1基の香炉が置かれているのみです。

久志集落には、旧暦の1月3日に行われる『ドウドイ』と称される「股間が痛い」祭事があるんですが、この『ドウドイ』が行われる前に『カーウガミ』と称される集落内に点在する川や井戸に御願をしてまわる行事が行われます。

こちらの『ワタンサー(渡川)』も、この『カーウガミ』(カーウガンとも)の際にまわる拝所の1つとなっているようです。
久志公民館前のガジュマルの写真
久志公民館前にあるガジュマルの木。
『ワタンサー(渡川)』の拝所を見学した後、次に向かったのは久志公民館前。

こちらにはとても立派なガジュマルの木が立っているんですが、このガジュマルの木は2014年に公開された『がじまる食堂の恋』という映画にも登場しているんだそうですよ~。

ちなみに、ワタクシはこの映画をまだ見たことがないんですが、興味がある方はぜひご覧になってはいかがでしょうか?(笑)😅
掲示板のすぐ隣にある『久志貝塚』の説明板。
そして、集落内を走る県道13号線を背にしてこのガジュマルの木に向かって左側の方に掲示板が設置されているんですが、そのすぐ隣に『久志貝塚』の説明板が設置されています。

その説明を読んでみると・・・
≪久志貝塚≫
≪字久志の初期集落の可能性があります。1979年の発掘調査で、貝塚時代後期後半の土器が多数出土し、住居跡も6軒確認されました。

後期土器の中に稲のモミ圧痕が確認され、稲作の存在を推察する資料となっています。≫
・・・とありました。

名護市の公式HPを見てみると、沖縄貝塚時代後期後半からグスク時代初期(約1700年前~約800年前)と記載されていました。
(参考⇒名護市公式HP:http://www.city.nago.okinawa.jp/9/8882.html)
久志区体育館の写真
久志公民館と併設されている久志区体育館。
『久志貝塚』の説明を読み終え、久志公民館と併設されている久志区体育館の前へと向かいます。

この久志区体育館の前にも井戸跡があるんです。
ウェヤガー藍屋井の写真
久志区体育館前にある『ウェヤガー藍屋井』。
こちらの井戸跡は、『ウェヤガー藍屋井』と称される拝所で、こちらもまた『カーウガミ』でまわる拝所の1つとなっているようです。
ウェヤガー藍屋井の写真
ウェヤガー藍屋井。
ウェヤガー藍屋井の写真
モルタルと石で囲われた井戸跡。手前に香炉が1基設置されていました。
こちらの井戸については、資料などがネット上に見当たらなかったので、詳細は不明です。。。
久志区のガジュマルの木の写真
久志区体育館前から先程のガジュマル木を見たところ。
映画に出ていたガジュマルの木や『ウェヤガー藍屋井』を見学した後、次に向かったのは久志公民館の北東側、先程のオート川沿いへと移動しました。
シチャヌ川(産川)の写真
公民館の北東側のオート川沿いにある『シチャヌ川(産川)』。
オート川沿いの未舗装道路沿いに『シチャヌ川(産川)』と称される拝井泉があります。
シチャヌ川(産川)の写真
シチャヌ川(産川)。
こちらもまた『カーウガミ』でまわる拝井泉の1つとなっているようで、井泉の名称が示すように、こちらの水は、かつては"若水"や"産水"として利用されていたのでしょうね。
シチャヌ川(産川)の写真
『シチャヌ川(産川)』の前からオート川の上流を見たところ。
この『シチャヌ川(産水)』の左斜め向かい側に伸びる道へ進んでいくと、前々回にご紹介した『久志之若按司御位牌安置所』の後方の丘陵地に出るんですが、この丘陵上にも拝所がありました。
久志集落東側の丘陵彫にある拝所の写真
丘陵上にある拝所へ通ずる小道。右へ進むと『久志之若按司御位牌安置所』に向かうことができます。
久志集落東側の丘陵上にある拝所の写真
丘陵上の草木に囲まれた拝所。
こちらの拝所は、ネット上にアップされている資料などには掲載されていなかったため、残念ながら名称や由来などの詳細は不明です。。。
久志集落東側の丘陵上にある拝所の写真
久志集落東側の丘陵上にある拝所。
そして、こちらを見学した後、一旦先程の『久志之若按司御位牌安置所』後方の十字路まで戻り、集落を離れて北東側に伸びる小道へと進みました。

十字路から道なりに約210mほど進んでいくと、道路沿い右側に『ヌロカー(祝女川)』があります。
ヌロカー(祝女川)の写真
『久志之若按司御位牌安置所』後方の十字路から約210mほど進んできたところ。
ヌロカー(祝女川) イチミチガーの写真
『ヌロカー(祝女川) イチミチガー』。
『ヌロカー(祝女川)』は、別名『イチミチガー』とも称されているようで、石柱には名称が2つ記されていました。

その石柱の右側から林の奥へ入っていくと・・・
ヌロカー(祝女川) イチミチガーの写真
突き当りに1基の香炉が設置されていました。
突き当りの木の根元に1基の香炉が設置されており、"井戸跡"らしき遺構はありませんでしたね。

また、香炉が設置されている場所の右側の一段低くなった場所には、小川が流れていました。
ウガミの写真
久志集落の東側の『ウガミ』という重要な拝所がある丘陵遠景。
『ヌロカー(祝女川)』を見学した後、来た道を約130mほど戻り、左側にある脇道へ左折します。

そして、約100mほどの距離左側にある2つめの脇道へ左折し、最初に差し掛かる十字路をまた左折して道なりに約140mほど進むと、右側の木々の間に丘陵上へと続く階段があります。
ウガミの写真
『ウガミ』へと続く階段。
その階段を上がっていくと、少し開けた場所があり、その一画に4基の香炉が安置された赤瓦屋根の祠があります。
ウガミの写真
丘陵上の広場にある『ウガミ』。
こちらは『ウガミ』と称される拝所で、集落に点在する拝所の中で重要な場所となっているんだそうです。

この『ウガミ』がある場所の南側の斜面は、かつて久志の古い村があった所なんだそうです。
ウガミの写真
祠の内部には4基の香炉が安置されていました。
『ウガミ』は、久志と辺野古の女性だけが1年に1度だけ集まり、酒を酌み交わしながら家内の発展を祈願する行事『ウガメー(ウガミエー)』を行なう場所となっており、この『ウガメー(ウガミエー)』は、男子禁制なんだそうですよ。

『ウガミ』を見学させて頂いた後、今度はここから南側の以前ご紹介した『久志之若按司之墓』の県道13号線を挟んで道向かいにある小道の先へと移動しました。
竜宮の写真
久志集落の南東側にある砂浜。波打ち際にある岩の上に石碑が立てられています。
この小道の先にある砂浜の波打ち際に『竜宮』と記された石碑の立つ拝所があります。
竜宮の写真
波打ち際にある岩の上に立つ『竜宮』と記された石碑。
この日、こちらを訪れた時は、引き潮となっていたので、石碑に近づいて撮影することが出来たんですが、大潮の満潮時には近づけないかもしれませんね。。。
竜宮の写真
『竜宮』の拝所。
ネットでちょこっと調べてみると、こちらは旧暦の3月3日に行なわれる年中行事『泊竜宮祭』の際に拝みが行なわれるようです。
久志区ハーレー船倉庫の写真
久志区ハーレー船倉庫。
また、この『竜宮』の拝所がある砂浜の手前側に倉庫があるんですが、この倉庫は旧暦4月に行われる海の安全と五穀豊穣を祈願する伝統行事『アブシバレー』の際に使用する『ハーレー(ハーリー)船』が保管されています。
久志集落前の海の写真
ハーレー船を海に進水させるためのスロープ。
そして倉庫の前には『ハーレー船』を進水させるためのスロープも設置されています。
ハーリーの場の写真
ハーレーが行われる久志集落前の海を見たところ。
『竜宮』の拝所と『久志区ハーレー船倉庫』を見学した後は、最後に以前ご紹介した久志集落の『慰霊塔』の前へと移動しました。
ティマンサの写真
久志集落の『慰霊塔』の前にある広場。
以前訪れた時、こちらの広場は雑草が生い茂っていたんですが、この日は綺麗に草が刈り取られていました。

んで、広場の東側の一画に石柱が立っているのを発見。

すかさずそちらの方へ行ってみると・・・
ティマンサの写真
『ティマンサ』と記された石柱。県道上からはほとんど見えません。。。
生い茂る木々の手前に『ティマンサ』と記された石柱と1基の香炉が設置された拝所がありました。
『ティマンサ』の拝井泉。
いろいろ調べていくと、こちらもまた『カーウガミ』でまわる拝井泉の1つとなっているようですね。

また、この『ティマンサ』の拝井泉の向かい側、広場の西側に土が少しこんもりと盛り上がった場所があり、その左隣に方形のコンクリートの石が置かれていました。
ティマンサの写真
広場の入口近くにあった拝所らしき場所。木の根元に方形のコンクリート石が置かれていました。
こちらが"拝所”となっているのかは分かりませんが、一応撮影しておきました(笑)。

・・・と、ここまで見学した後はクルマに戻り、久志集落を後にしました。

いかがでしたでしょうか?

今回4記事に渡って久志集落内に点在する史跡をご紹介してきましたが、史跡だけでなく、久志集落には、久志舞踏保存委員会があり、古くから伝わる伝統芸能にも力を入れているんだそうです。

特に、長者の大主・人形踊・南洋千鳥・組踊「久志の若按司」などをはじめとする15の演目を久志区の保存舞踏に指定しているとのこと。

また、3年に一度行なわれる『村踊り」は、旧暦の7月14日(正月)と16日(別れ)に行なわれるんだそうで、『村踊り』が無い年には、『エイサー』と『盆踊り』が行なわれるんだそうですよ。

機会があれば、久志集落の新年の恒例行事である『ドウドイ』や『村踊り』などを見学しに行ってみたいものです。

今回は、ちょっと長くなってしまいましたが、そろそろこの辺で。。。でわでわ☆★☆

最後まで読んで下さいまして、誠にありがとうございますm(_ _)m
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『ウガミ』・『龍宮』・『ワタンサー』・『ウェヤガー藍井』他☆

☆場所:〒905-2173
     沖縄県名護市久志

☆見 学:無料

☆駐車場:無し

※訪れる際は、くれぐれもマナーを守って、他の来訪者や地元の方々に迷惑をかけないよう、十分気を付けてくださいね。

2018年1月14日日曜日

久志若按司の位牌が納められている安置所と祭祀を取り仕切っていたノロの屋敷跡☆

ハイサぁ~イ⭐

今回は、前々回の続きです。

名護市の久志集落の東側に位置する『久志の観音堂』『上ヌクムイ 下ヌクムイ』等を見学した後、最後に集落の祭祀を取り仕切っていた祝女(ノロ)の屋敷跡と『久志之若按司』の位牌が納められている安置所を見学しに向かいました。

沖縄県名護市久志にある

『久志之若按司御位牌安置所と祝女殿内』

久志之若按司御位牌安置所の写真
久志集落東側の丘陵の麓にある『久志若按司御位牌 安置所』。

2018年1月10日水曜日

尚経と顧思敬という人物が貰い受けた観音像を安置するために久志村に建てたお堂☆

ハイサぁ~イ⭐

前々回にご紹介した『久志之若按司之墓』を見学した後、そのすぐ近くにあるお堂へ向かいました。

こちらは、尚経(豊見城王子朝良)と顧思敬(久志親方助豊)が、久志間切の総地頭の時にもらい受けた観音像を納めるために建てたお堂なんだそうです。

沖縄県名護市久志にある

『久志の観音堂』

久志観音堂の写真
大きなガジュマルの木の枝に守られるように佇む『久志観音堂』。

2018年1月6日土曜日

かつて名護市の久志集落の北東側に位置していたとされるグスク跡☆

ハイサぁ~イ⭐

今回は昨年(2017年)末にご紹介した名護市真喜屋『真喜屋グスク(上之御嶽遺跡)』の記事の続きです。

『真喜屋グスク(上之御嶽遺跡)』がある真喜屋集落を後にし、この日最後に向かったのは名護市の東海岸にある久志集落です。

かつては集落の北東側に"グスク"があったそうなんですが、現在は国道329号線が通っており、かつての面影は一切ありません。。。

沖縄県名護市久志にある

『久志グスク(旧名:上里グシク)

久志之若按司之墓の写真
久志集落の東の端に位置する『久志之若按司』の御墓。

2017年12月30日土曜日

名護市の真喜屋集落南東にある丘陵中腹に位置するグスク☆

ハイサぁ~イ⭐

この前ご紹介した名護市宮里にある『ヤンバル食堂』で昼食をとった後、ヨメさんの用事を済ませに、その目的地へと向かいました💨

んで、想定してたよりも早く用事が終わったんで、帰りがけに2ヵ所ほど史跡巡りをしてきました(笑)

まず最初に向かったのは、名護市の真喜屋集落南東側の丘陵中腹にある史跡です。

沖縄県名護市真喜屋にある

『真喜屋グスク(上之御嶽遺跡)』

真喜屋グスク(上之御嶽遺跡)の写真
真喜屋集落南側の丘陵上にある森の中にひっそりと佇む『上之御嶽』の拝所。

2017年12月28日木曜日

西原町の我謝集落内に点在するユブシガーをはじめとする拝井泉などの史跡☆

ハイサぁ~イ⭐

今月(12月)の21日は、午後から西原町の我謝集落内に点在する拝井泉などの史跡を見学しに行ってきました。

んで、史跡を見学しに向かう前に同町翁長にある沖縄そば屋さんで食事をとろうと思ったんですが、店舗前に到着するとクルマがたくさん停められていて駐車することが出来なかったので、予定を変更して先に史跡巡りに向かいました。

沖縄県中頭郡西原町我謝の集落内に点在する

『ユブシガーをはじめとする拝所』

ユブシガーの写真
我謝集落の北西に位置する『運玉森』の麓に位置する『ユブシガー』。

2017年12月21日木曜日

西原ハイツ南東に位置する与那城集落内に点在する『識名越之殿』などの拝所☆

ハイサぁ~イ⭐

前々回にご紹介した西原町字我謝にある かつて『我謝遺跡(ヨナグスク)』に点在していた"拝所"を合祀・移設した『西原ハイツ公園(南側)』を後にし、次に向かったのは字我謝の北東に隣接する字与那城です。

こちらにも"拝所"などいくつかの史跡が点在しているんだとか。。。

沖縄県中頭郡西原町字与那城にある

『謝名越之殿と與那城大主之碑』

謝名越之殿の写真
西原町字与那城の閑静な住宅街の中にある『謝名越之殿』。

2017年12月19日火曜日

かつて『クガニムイ』とか『ガージャモー』などと称されていたグスク時代の遺跡☆

ハイサぁ~イ⭐

昨日(18日)は、午後からちょこっと時間が空いたので、久しぶりに西原町内にある史跡を見学しに行ってきました。

実は、こちらは2年ほど前に1度訪れたことがあったんですが、その時は訳あって写真を数枚しか撮ることが出来なかったんですよ。。。(泣)

んで、またすぐに再訪しようと思ってはいたんですが、なかなか足を運ぶことが出来ず、結局、約2年の月日が経ってしまい、今日に至ってしまいました。。。

沖縄県中頭郡西原町字我謝にある

『我謝遺跡(ヨナグスク)

我謝遺跡(ヨナグスク)の写真
『西原ハイツ』の南側に位置する公園内にある『我謝守護神』が祀られている拝所。

2017年12月12日火曜日

『フェンサ城貝塚』の南に位置する名城集落内に点在する史跡☆

ハイサぁ~イ⭐

前々回にご紹介した糸満市の小波蔵集落内に点在する拝所を見学した後、この日最後に向かったのは、以前ご紹介したことのある糸満市名城の『フェンサ城貝塚』の南側に位置する名城集落です。

小波蔵集落ほどではないんですが、こちらの集落内にもいくつかの史跡が点在しているんですよ。

沖縄県糸満市名城に点在する

『カチン山などの史跡』

カチン山の写真
糸満市の『名城』のバス停後方に位置する『カチン山』。

2017年12月9日土曜日

チチャマグスク南側に位置する小波蔵集落内に点在する拝所群☆

ハイサぁ~イ⭐

先月(11月)、糸満市小波蔵にある『チチャマグスク』へ行ってきたんですが、グスク内を見学した後、『チチャマグスク』の南側に位置する小波蔵集落へと向かいました。

同集落内にも、いくつかの"拝所"が点在しているんですよ。

沖縄県糸満市小波蔵の

『集落内に点在する拝所群』

糸満市 小波蔵集落の写真
かつて時報や火災を知らせる鐘として使用されていた『ボンベの鐘』。

2017年12月6日水曜日

小波蔵集落北側にある霊験あらたかなチチャマグスク内に点在する拝所☆

ハイサぁ~イ⭐

今回は、前々回にご紹介した糸満市小波蔵にある『チチャマグスク』の続きです。

当初は1回でご紹介したかったのですが、グスク域内に点在する"拝所"の数がかなり多く、一つの記事にすると超ぉ~長くなってしまうので、2回に分けてご紹介させて頂きました。
※前々回の記事は、こちらからどうぞ⇒https://oki-night.blogspot.jp/2017/12/blog-post.html

沖縄県糸満市小波蔵にある

『チチャマグスク』

チチャマグスクの写真
小波蔵集落内から見た『チチャマグスク』遠景。

2017年12月3日日曜日

糸満市の小波蔵集落北側にある小高い丘の上に位置するグスク☆

ハイサぁ~イ⭐

先月(11月)の20日の午後は、久しぶりに糸満市方面へ史跡巡りに行ってきました。

今回訪れたのは、糸満市の小波蔵集落の北側の丘陵上に位置するグスクで、築城者や築城年代は不明らしく、集落発祥の地で聖域的なグスクとなっているんだとか。。。

今回は、グスク域内の"拝所"が多すぎるため、2回に分けてご紹介したいと思います。

沖縄県糸満市小波蔵にある

『チチャマグスク』

チチャマグスクの写真
参道から見たグスク域内の中央にそびえ立つ大岩。

2017年11月30日木曜日

北中城村仲順に点在する舜天一族の拝所や仲順大主之墓などの史跡☆

ハイサぁ~イ⭐

以前、北中城村の喜舎場集落内に点在する『喜舎場公の墓』『王妃の墓(ウナサラウハカ)』『喜舎場ウフカー(大井泉)』などの史跡を見学してきたので、今度は喜舎場集落の西側に隣接する仲順集落内に点在する史跡を見学しに行ってきました。

沖縄県北中城村仲順に点在する

『仲順大主之墓をはじめとする史跡』

根殿の社の写真
舜天一族が祀られている『仲順公園』内の丘陵中腹にある『根殿の社』。

2017年11月25日土曜日

喜舎場集落北側の丘にある義本王の妃の墓所として伝えられる御墓☆

ハイサぁ~イ⭐

今月(11月)の10日は、ヨメさんと一緒に午後から本島中部方面へ買い物に出かけてきたんですが、その際、以前喜舎場集落を訪れた時に足を運ぶことが出来なかった同集落北側にある丘陵にちょこっと立ち寄りました。

なんでも、この丘陵の森の中には舜天王統最後にして、第3代琉球国王とされる『義本王』の妃が眠ると伝わる墓所があるんだとか。。。

沖縄県中頭郡北中城村喜舎場にある

『王妃の墓(ウナサラウハカ)』

王妃の墓(ウナサラウハカ)の写真
喜舎場集落北側の丘に位置する森の中にある『王妃の墓(ウナサラウハカ)』

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